理想の仕事はできなかった

私は新卒で勤めた会社がハウスメーカーでした。 ハウスメーカーや建築業界で働きたいというのが私の希望だったので、いろいろな会社を受けてなかなか受からなかったぶん、内定したときはとても嬉しかったのを覚えています。 私には夢がありました。それは、大好きなインテリアに携わるしごとがしたい、インテリアコーディネーターを自分の一生の仕事としてしたい、というものでした。

私は大学時代、学業の傍ら、社会人スクールにも通っていました。インテリアコーディネーターの資格取得を目指すスクールです。 そこで、インテリアコーディネーターの勉強を必死でしていました。一次試験にはなんとか合格することができたのです。 しかし、インテリアコーディネーターは資格があるからといってすぐにその職種につけるというわけではありません。 最初は、住宅会社や建築会社で経験を積むことが最も重要なようで、資格がなくても活躍している人は多くいるとのことです。

その会社の求人情報の募集要項には、たしか、職種、「営業、インテリアコーディネーター、展示場アドバイザー」というふうに書かれていました。 新卒で最初にインテリアコーディネーターとして採用してもらえるところがあるなんてめずらしいなあ、と思いながらも、チャンスだとも思い、応募をしました。 一次試験の面接も合格、そして最終面接まで行くことができ、そのときに聞かれた内容が「あなたは営業もできますか?」という内容でした。

私は、もちろん、インテリアコーディネーターがしたいというのは主張しましたが、受かりたい一心で「はい、営業もできます」と答えてしまっていたのです。 それが良かったのがいけなかったのか、私は無事に採用されたのですが、名刺には「営業」とはっきりとかかれていたのです。 当然、アドバイザーかインテリアコーディネーターとして採用されるものだと思っていました。 私は営業職として採用されたのでした。営業はぜったいにいやだ、と思って避けてきたのに営業職に配属されとてもショックでした。

しかし、最初のころは新人は営業をやるもの、女性も男性も変わりない、というのがどうやらその会社の方針だったようです。 夢のインテリアコーディネーターのためにも頑張ろうと思いました。実際に、その会社にはインテリアコーディネーターとして働く先輩が何人かいました。 後で聞いてみると、先輩たちも、最初は営業をしていた、とのことでした。

直属の上司になった人はとても厳しくて恐いことで有名な人だったようです。私は最初のあいさつで、「インテリアコーディネーターを勉強してきました」 と言うと、その上司は、「インテリアコーディネーターって、何?」とバカにするような口調で言ってきたのです。 このときにとても嫌な予感がしたのを覚えています。この上司と私はうまくいくことがなくて、私はどんどん上司にものが言えなくなってしまいました。 その原因の一つは、私が営業として全く成果をあげていなかったことでした。他の新人たちは、どんどん積極的に成果をあげてきていましたが、消極的な私は、毎月の営業成績がいつもビリでした。そのことを上司はとても責めました。いつになったら変わるのかと。

もうそのときには、上司がこわくて、夢のインテリアコーディネーターのことを考えても希望が持てるような状態ではありませんでした。 他の上司にも相談したりしましたが、部署は1年は変わらないということでした。次第に心も病んできて、とうとう仕事ができないような状態になってしまい、上司にも、「いつ辞めるのか?」とい追い詰められてとうとう退職を申し出てしまったのでした。 今思えば、そのころは会社の経営もとても危なかったのでしょう。営業ができる人が大量に欲しかったため、私のような女性でも採用してくれたのかもしれません。 その会社は、数年前に倒産してしまったという話を耳にしました。 私はその会社でたとえ夢が実現できたとしても、結局は長く働けなかったのです。